もう一人の自分に会わないために。映画「ポゼッション」アンジェイ・ズラウスキー(監督)

 「ポゼッション」というタイトルの映画は、ぼくの知る限り二つあって、この記事で語らせていただきますのは、1981年のフランスと西ドイツ製作の映画。監督はアンジェイ・ズラウスキー。主演はイザベル・アジャーニとサム・ニール。高校生か中学生のころ、深夜のテレビで放映してたのをビデオに録画しておいて、すりきれるほど何回も観ました。

 監督のアンジェイ・ズラウスキーというひとについて、わたしはなにも知りません。どういう映画を撮った人かも知りません。もしかしたら、知らずにこの監督の他の映画を観ているかもしれませんが、今現在わたしの記憶にはなにもございません。多分偉い人なのでしょう。巨匠とか天才とか鬼才とか言われてるのではないでしょうか。なんとかスキーって名前は偉い人ばかりです。チャイコフスキーとかストラヴィンスキーとかドストエフスキーとかタルコフスキーとか。東欧かロシア方面の偉い芸術家にきまってますよ、皆さん、ええ間違いございません。

 映画でも小説でも音楽でも、何らかの感銘を受ければ、その作品を創った人や製作背景について詳しく知りたくなるものですが、なぜかズラウスキー監督について調べたことがないのでした。二十年以上前、ぼくが高校生のころはGoogleもなかったですし。本屋に行って、映画関連の本棚で、一生懸命自分が観た映画の評論を探したりとかしてましたけど。それもしてないみたい。それにしてもこの映画は大好きなんですよ。

 イザベル・アジャーニは大好きな女優さんでした。この世にこんな美しいひとがいるのかと、毎日毎日それはそれはもう感嘆しておったわけですよ。なにかに執着して、とり憑かれて、狂っていく、みたいな役が多いような気がしますが(アデルの恋の物語、カミーユ・クローデル)、振り返ってみると、ぼくは、「アデルの恋の物語」と「カミーユ・クローデル」しか観たことがないのでした。利いた風な口をきいてごめんなさい。

 さて、内容について少しだけしゃべらしてくださいな。このブログはひどいブログで、あらすじの紹介はめんどくさいからあんまりしませんが、ネタバレはバンバンするので、観てない方はご注意くださいまし。

 主人公のサム・ニールが仕事(なんかよくわからないけど、敵国に潜入して要人と接触するために、政府機関に高額の報酬で雇われたエージェントみたいです)を終えて帰ってくると、奥さんのイザベル・アジャーニの様子が変なのです。昼間ちょこっとだけ家に来て、子どもの世話をすると、すぐどこかへ帰ってしまう。なにか夢中になっているものがあって、そっちの事しか考えられなくなってしまっているんですね。まあ当然考えられるのは、愛人の存在なわけで、離婚するしないみたいな話になるんですが、奥さんのほうは態度が煮え切らない。「彼」との生活を続けないわけにはいかないが、夫と子供を愛していないわけじゃないとかなんとか言う。主人公は、正体不明の愛人の存在に嫉妬して苦しみます。この辺はまだ不倫と三角関係を描いた普通のドラマです。主演のサム・ニールとイザベル・アジャーニの熱量の高い演技は見ものです。まあよくぞここまで緊張感あふれる夫婦喧嘩が描けるものだと、二人の演技と、監督の映像表現に感心して観てるわけです。

 ところが、だんだん話が変なほうに進んでいきます。奥さんがどこに帰っていくのか、誰と暮らしているのか、主人公は私立探偵を雇って後をつけさせるのですが、その私立探偵はとんでもないものを見るのですね。なんと、奥さんの同棲相手は、なんだかよくわからない、形も定かではない、ぬるぬるどろどろした化け物だったんですよ!

 この映画はホラー映画と解説に書かれてますが、ホラー映画じゃないです。ちっとも怖くないもん。映画自体、ホラー映画の描き方でもないし。化け物は出てくるけど、ひとを襲ったりはしません。化け物を守るために、次から次へと秘密を探りに来る相手を殺すのは奥さんです。家に上がりこんだ私立探偵を誘惑して引き止めようと、ワインを勧めるのですが、私立探偵がそれを断って化け物のいる部屋に入っていったとき、ワインの瓶をわざと落として「割れたわ」っていう時のイザベル・アジャーニの顔は好きですね。この台詞には、ワインの瓶が割れたのと、私立探偵の命が失われるという二つの意味があるんですね。次のシーンで、化け物を見た私立探偵は、割れた瓶で殺されるのです。

 さてあらすじの紹介はここまで。気になる点をいくつか。この映画の主要登場人物には、瓜二つの分身がいます。奥さんには、自分とそっくりの、子どもの保育園の先生(イザベル・アジャーニの一人二役)がいます。奥さんが育てている化け物がついに成長すると、それは夫である主人公に瓜二つの存在です。主人公を雇用している政府機関の幹部は、敵国の要人と同一人物かその分身であることが靴下の色によって暗示されます。主人公が属する西ドイツという国家にも、分身といえる東ドイツがあります。

 これは何を意味するのでしょうか。自分の中にいる善と悪の戦いについて、奥さんが語るシーンがありますが、登場人物に、それぞれ善と悪の二人がいて、お互いに戦っているといえなくもないです。主人公の仕事が、東ドイツでの情報活動であるのも、家から常に国境沿いの監視哨が見えるのも、東西ドイツ、分身同士の対立をあらわしているかのようです。主人公も奥さんも最後は死にますが、お互いの分身は生き残ります。しかし、どちらが善でどちらが悪かはあまりはっきりしません。奥さんが育てている化け物は、奥さんの説明によると、自分の中の失われた「善」であるそうですが、成長が終わって完成した化け物=夫の分身はあまり善の象徴にも見えません。かといって、悪であると決めつけることもできません。奥さんの分身についても同様です。

 二面性の問題については曖昧(私の頭脳では)ですが、ストーリー自体は好きです。奥さんの謎の愛人、その正体の判明、そして秘密を知った者は次々と奥さんに殺される。そしてだんなさんが化け物と対面し、その存在を受け入れ、奥さんの目的を理解し、協力し、奥さんの犯行を湮滅し、邪魔者を殺す。化け物は完成し、二人は警察に射殺される。ラストに向かって疾走するクライマックスのかっこよさったらないですよ。音楽もいいし。だんなさんが、奥さんの犯行現場である、死体が置いてある部屋を爆破したり、死体を車に乗せたり、秘密を知った奥さんの愛人(人間のほう)を殺すシーンは、非常に手際が良く、さすがプロのスパイであると思わせます。妻の浮気に悩むウジウジした夫から、行動的なプロフェッショナルになった主人公が、ラストへの疾走感にスピードと力をあたえています。

 あれこれ書きましたが、感想を一言にまとめると、イザベル・アジャーニとサム・ニールが熱演してましたよ、ということに尽きます。映像は殺風景な感じですし、登場人物の服装は地味で役柄を必要最低限あらわしてるだけで、それがより一層役者さんの演技を際立たせていると思います。化け物とか神とか善とか悪とかそんな概念を持ち出さなくても、楽しめる映画ですよ。

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