愛と真心と手練手管。「小説世界のロビンソン」小林信彦(新潮文庫)

 この本を読んで、バルザックが読みたくなったのでした。谷崎が読みたくなったのでした。白井喬二が読みたくなったのでした。恥ずかしながら、名前しか知らなかったバルザックを、矢も盾もたまらず読みたくなったのは、この本のせいなのです。こんなにもひとを読書に駆り立てることができるなんて、この著者はなんて罪作りなのでしょう!なんて小説を愛しているのでしょう!

 小林信彦は、まことに深い愛情を持って、小説を紹介し、その面白さを存分に、見事な語り口で、教えてくれるのです。どうして、ここに取り上げられた小説を読まずにいられましょうか。

 本を紹介する本を紹介するのは難しいです。これほど巧みに、われわれをまだ知らない世界に誘ってくれる本を、どう紹介すればいいのでしょう。新しい世界を教えてくれた著者にただ感謝するだけしかないでしょう。

 ぼくはこの本を読んで、バルザックの「ラブイユーズ」が無性に読みたくなって、図書館で借りて、どきどきわくわくしながら読んだのでした。それからしばらくバルザックばかり読んでました。20代の頃の読書には、年をとってからにはない感動しやすさがあります。今まで知らなかった世界に足を踏み入れるときのうれしさよ。素晴らしい案内人に恵まれた旅行の楽しさよ。

 ぜひこの素晴らしい読書案内をお読みください。あなたは、この本で紹介されている本のうちのどれかをきっと読みたくなるでしょう。

小説世界のロビンソン (新潮文庫)