もうめちゃくちゃ。「頭取室」清水一行(角川文庫)

 清水一行特集第二弾!

 この爽快感をどう表現すればいいのか。清水一行の小説の主人公は桁外れのエネルギーをもった人物が多い。善人であれ悪人であれ。この小説の主人公、山城は悪の方向に桁外れなエネルギーを持った人物である。小説の初めから終わりまで、首尾一貫して悪行の限りを尽くすのである。読んでいてすがすがしいほど、やりたい放題である。

 清水一行の、他の凡百の作家と違うところは、主人公への距離感である。悪い人間ばかり出てくる小説は山ほどある。ハードボイルド小説なら主人公を、外面的な描写のみで、突き放して書く。共感を持って、ある種の主張をこめて描けば、ピカレスクロマンになる。清水一行は、主人公にある種の共感をいだいている。それは、たとえ悪であっても主人公がもつ大きなエネルギーに対する讃嘆のようなものである。しかし彼は、主人公を正当化したり、何かの主義主張の代弁者としたりもしない。常に距離を置いて冷静に分析する。そして主人公の行動がもたらす周囲への影響を淡々と描写する。そこには乾いたユーモアがある。

 さて、われらが主人公山城幹夫は、相互銀行の専務である。彼が頭取になって、次から次へと金儲けをする。われわれはその金儲けのからくりを勉強させてもらえる。それがまたひどいのだ。ほんとに読んでて笑っちゃうくらい。頭取になった主人公は

「よく認識しておいてもらいたいのは、この山城にとって、今や不可能なことはなにもないということだ。資金量も増えて、いま一千五百億円ある。この金と、絶対的な地位、その二つを合わせた力をわたしは持っている。さらに言えば、この毛皮屋のような、正直者は屠所の羊で、そういう顧客という名の羊が、何万人も控えている」

と豪語する。大事なお客様を、屠所の羊とはひどい言い方で笑ってしまう。しかしこの銀行の顧客たちはまったくひどい目にあうのである。融資されて建てたビルを巧妙に取り上げられる。頭取が造ったゴルフ場の会員権を買わされる。融資された金の半分で銀行の株券を買わされて頭取に巻き上げられる。融資の見返りに、頭取が手籠めにした女子社員を嫁に引き取らされる。さんざんなのである。

 役員も社員も大変な目にあう。課長以上の役職者は七百万円もするゴルフ場の会員権を買わされたり、ゴルフ場の草むしりをやらされる。組合はスパイ機関となって役員を監視し、役員応接室に盗聴器まで設置され、尾行をまいて、こっそり会わなければ話もできない。女子社員は、頭取のホテルの部屋に資料を届けに行かされて、そこで犯される。銀行の窓口では、頭取がパラグアイから輸入したローヤルゼリーを売らされる。

「ローヤルゼリーを、銀行の窓口で売るんですか」

「こいつは儲かる。五十グラムのものを三万五千円で売ろう。一本三万円ずつ儲かるから、各支店に毎月百本ずつのノルマで売らせたら、一か月で六千本、一本三万円の儲けで、一億八千万円ずつになるんだ」

 頭取のビジネスパートナーも悪い奴らばかりである。作者に言わせると、悪人ほど手近な人間から喰っていこうとするそうだ。頭取も仲間もお互いに利用したりされたり、油断ならない関係なのだ。

 解説によると、

「このモデルの”銀行”は現に存在し、経営者も健在である。なぜなのか私にはわからない」

と著者が述べているそうだ。事実は小説よりも奇なりというが、この小説がまったくのフィクションならリアリティが無さすぎて小説にならない。小説はフィクションであるが故にある程度のリアリティをストーリーに与えなければならない。このめちゃくちゃぶりは、実在の企業をモデルにした「企業小説」だからこそ描ける面白さである。単なる小説では描けない現実の奇怪さを描けるところに、企業小説の存在価値があるのだろう。

頭取室 (角川文庫)