欧州の天地は複雑怪奇。「第二次世界大戦の起源」A・J・P・テイラー(吉田輝夫訳 講談社学術文庫)

 ギリシャが借金返せなくなって、ヨーロッパの首脳が一堂に会して、ああでもないこうでもないって侃々諤々議論しているけど、それにつけても西ヨーロッパは平和になったんだなと思ったりする。なんやかんや言っても、みんなで集まって、十何時間も議論できるのは、EUという同じ仲間同士の仲の良さのあらわれである。東アジアで問題が発生したとき、ロシアや北朝鮮や韓国や中国や日本やアメリカの首脳が集まって、ずうっと一晩も二晩も議論し続けるなんてことは考えられない。

 さて、本書はヨーロッパ諸国がお互い疑心暗鬼に駆られて、戦争の瀬戸際で、外交交渉を繰り返していたころのお話である。平沼騏一郎が、独ソ不可侵条約を受けて、「欧州の天地は複雑怪奇」とか言って内閣総辞職しちゃったけど、けっして彼を馬鹿にしてはいけない。ほんとに複雑怪奇なんだもの。これ部外者には全然わからないよ。ヨーロッパという地域は、歴史が長く、高度に文化が発達して、ありとあらゆる国同士が、ありとあらゆる同盟の組み合わせで、戦争と和平を繰り返していた地域であるから、欧州情勢は複雑怪奇にして、ヨーロッパ以外の野蛮人には正直よくわからんのだ。

 なんかいい本ないかなと思って、昔読んだのがこの本。第一次世界大戦後の秩序から、第二次世界大戦の勃発までの経緯が書いてあるよ。この本は、多くの批判を受け、激しい論争を巻き起こしたそうだ。ヒトラーが、最初からヨーロッパ征服を目標として戦争を推進した指導者というより、他国の干渉を招かずに分捕れる利益があるならば、戦争も辞さない、場当たり的な機会主義者として書かれており、それが彼の恐ろしい犯罪を弁護することになると批判されたそうだ。道徳的には、ヒトラーが、単なる場当たり的な機会主義者であったとしても、彼を弁護することはできないと思う。ヒトラーが、首尾一貫した戦略に基づいて他国を侵略する指導者ではなく、イギリスやフランスが黙認せざるをえないような状況で、どさくさまぎれに他国を侵略する火事場泥棒的指導者であったとしても、その罪をまぬがれることはできないだろう。ドイツを再び支配的強国へと導いたものが、ヒトラーひとりの意思ではなく、ドイツ人の総意であったとしても、ヒットラーが戦争犯罪の責任をまぬがれるものではない。

 それにつけても、本筋からははずれるけど、大国同士の話し合いで、勝手に領土を割譲させられたり、併合される小国の悲哀を強く感じた。いずれは他人事じゃなくなる気がする。もっとも、今までの日本はある程度の大国だから、われわれ日本人には、国際政治の力の均衡の陰で、分割されたり、踏みつぶされる小国の気持ちは、あまりわからないだろう。それはさておき、この本は、複雑怪奇な欧州情勢が、きれいに腑分けされて、戦争にいたる経緯と背景が詳細に分析されていて、しかも、著者の意図ではないだろうけど、非常にドラマティックで、おすすめ。なにはともあれ、読んで面白いですよ。

第二次世界大戦の起源 (講談社学術文庫)