神山さんとスズキくん。映画「ブラック・レイン」リドリー・スコット(監督)

 この映画には二人の主役がいる。一人は神山繁。もう一人はスズキである。

 神山繁はカッコイイ!マイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアを相手にまわして、「このだらしのない男たちを見たまえ。これがアメリカ流だ」なんて言い放つことができるのは彼だけである。その存在感は圧倒的で、神山繁に「君がこれほど無能な男とは思わなかったな」「金魚の糞みたいにただくっついて歩いているだけだったら、幼稚園の子供でも用は足りるんだぞ」なんて叱責されたら健さんも「自分の責任であります」とうなだれているしかないのである。

 マイケル・ダグラス演じる刑事はニューヨーク市警察の官僚組織を嫌い、またその官僚組織に押しつぶされそうになっている。その彼が日本にきて、官僚の権化のような男に出会う。それが神山繁演じる大橋警視(superintendent ohashi)である。彼は慇懃無礼なエリート官僚でありながら型におさまらないふてぶてしさを持つ、優秀で冷静沈着な捜査指揮官である。マイケル・ダグラス演じる腐敗堕落したニューヨークの刑事は、神山繁に国に帰るよう何度も命令される。単純に、神山繁を、マイケル・ダグラスの捜査を妨害する悪役としてとらえるのは間違いである。マイケル・ダグラスが帰国を命じられるのはちゃんとわけがあるのだ。刑事としての道義心と倫理を失った彼は、秩序だった日本警察の和を乱す存在でしかないのだ。しかし、彼がおのれを見つめ直し、正道に立ち帰り、犯人を逮捕したとき、彼を公平な態度で迎え、英雄として表彰するのは神山繁である。

 また、神山繁の優秀さは、その人事にも表れている。マイケル・ダグラスの相棒に高倉健を配するのは、人事の妙である。おそらく彼は、健さんがマイケル・ダグラスに恥を知り名誉を重んずる心を教え、またマイケル・ダグラスが健さんに彼に欠けている独立心を与えてくれると考えたのであろう。お互いに足りないところを補うパートナーシップである。この優れた人事配置こそ、神山繁の上司としての真骨頂であろう。

 マイケル・ダグラスを教え導く存在がもう一つある。それは、スズキのバイクである。ニューヨークで、マイケル・ダグラスは仕事も家庭もうまくいかず、破滅の一歩手前にいる。彼は、現場の刑事は苦労しているのだから、多少の金を着服して何が悪いと開き直っている。しかし汚職が見逃されるわけもなく、内部監察に追及され、職を失いかけている。道徳的に混乱している彼が乗っているバイクが、ハーレーダビッドソンであるのは興味深い。しかし、日本に渡ると、そこで目にするバイクはスズキだけである。彼は高性能なスズキのバイクを操る多くの敵と死闘を重ねるうちに、正義の心に目覚め、自らもスズキのバイクにまたがり、犯人を逮捕する。スズキが彼に試練と力を与えたのだ。

 スズキのバイクがこの映画にスピード感を与え、神山繁がリアリティを与えている。現実の世界で、外国人不良刑事と停職中の警察官が、ショットガンと短機関銃でヤクザと銃撃戦を繰り広げたら、重罪犯である。しかし映画では、神山繁が一言「御苦労」とうなずくだけですべてハッピーエンドとなる。映画だからそれでいいのではない。神山繁の存在と言葉にはそれだけの重みがあるのだ。神山繁が「御苦労」と二人の功績を認めたのだから、おそらくそれでいいのだろうと観客は納得するのである。

 この映画の日本は、バブル経済でイケイケどんどんの時代だった。アメリカに追いつけ追い越せで頑張ってきたけど、ひょっとしたらアメリカを追い越したんじゃないかなんて勘違いするくらい、日本経済は絶頂に達していたのである。アメリカで優秀なのは映画と音楽だけだ、なんて普段寡黙な健さんが豪語するくらい日本人は浮かれていたのである。そんなこんなで、不景気に悩み苦しむアメリカ人が大繁盛の日本に来て、戦後日本の高度経済成長を指導した官僚の一員から厳しく指導を受け、何事かを得てアメリカに帰るという映画ができたわけだ。しかしこの映画が公開されてまもなくバブルははじけ、日本は大不況となり、アメリカは金融やらITやらで大繁盛するのだから、世の中先のことはわからない。栄華の極みにあっても謙虚な心を失わないようにしないと、足をすくわれて大変なことになるんだな、なんて二十何年ぶりにこの映画を観て思ったりもするのだった。

 最後に一つだけ。高校生の時テレビで観て、日本の警察幹部たちの「茶を飲もうと飲むまいと勝手だが、我々に対する謝罪はどうなっているんだ」「ごもっともですよ」というやりとりが妙にツボにはまっておかしくて、耳から離れなかった。それから二十何年たって、amazonプライムビデオで再会できてうれしい。「失態続きで本部長、これ心配してるんじゃないのかな」「彼らが知ったことじゃない。どうなるかわからんと言っときたまえ」なんて日本語のセリフが妙に楽しいハリウッド映画である。

ブラック・レイン (字幕版)
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