若き天才の輝き!「新漫画文学全集」東海林さだお(ちくま文庫)

 大学生のとき、文庫化されて、本屋で立ち読みしたら面白すぎて、笑いをこらえるのに必死だった。それまで東海林さだおのことなど何一つ知らなかったのだった。もちろん名前は知ってた。新聞4コマ漫画の作者として。サラリーマン漫画の作者として。しかし、こんな傑作を書いていたなんてまったく知らなかったのだ。

 2011年、東海林さだおが旭日小綬章という勲章をもらった時、「どこが面白いのかわからない、マンネリ化した新聞4コマや週刊誌のサラリーマン漫画の作者が国家から勲章なんかもらって、大御所みたいになってうんぬん」みたいな悪口をなんかで読んだ。その時、「ああこのひとは新漫画文学全集を読んでいないんだろうな!」と残念に思ったのだった。個人的には勲章なんてもらわないほうがいいと思うけれども、「新漫画文学全集」はこの世の勲章という勲章をかき集めて贈呈しても足りないくらいの傑作である。

 今でこそ、シュールだとか、ナンセンスだとか、不条理だとか冠される漫画は山ほどあるけど、これを超える漫画があるだろうか。もちろん芸術作品に単純に優劣はつけられないけれども、この全く並ぶべきもののないユニークな作品は、50年近く経っても、発表当時と同じく、独自な立ち位置を占めているのである。

 ウイキペディアで調べたら(東海林さだお)、なんと「新漫画文学全集」がデビュー作なのだった。1967年のことである。私がまだ生まれる前なのだ。若くして、このような傑作をものにするとは!

 下から目線(?)で描かれる、戦後の経済成長の勢いがある、昭和の雰囲気。せこくていじらしい庶民。常にひがむ情けない主人公。もてない青年。悶えるオールドミス。煩悩を捨てきれないおじいちゃん。妙にあっけらかんと性に解放的な老女。男は色欲にイジイジと悩み、女は色と欲を求めて、むきだしの歯茎から歯が伸びていく。

 典型的な、いわゆる一つの大人漫画でありながら、所属するジャンルを軽々と突き破っている。なんと言えばよいのか、言葉を失う傑作。もう一回文庫化したらどうでしょう。二十年前のぼくが文庫化されて初めて知ったように、今の若い人たちにも知ってもらいたい。余計な老婆心ですが。今の時代でも、本屋で立ち読みしたひとは、笑いをこらえるのに必死になるだろうか?多分必死に笑いをこらえることになると思う。

新漫画文学全集 (1) (ちくま文庫)