本から本へ。「維新の夢」渡辺京二(ちくま学芸文庫)

 40年近く生きてきて、まことに不勉強なことに、渡辺京二というひとを知らなかった。江戸時代を、外国人の眼を通して、今は失われた一つの完成された文明として描いた「逝きし世の面影」で有名な評論家であります。このひとの本を手に取ったのはこの「維新の夢 渡辺京二コレクションⅠ」がはじめて。

 明治維新による近代化によって、基層生活民である大衆の共同体が破壊された。それに代わる新しい西洋的近代市民社会というのは、利益を追求し競争する個人の利害を調整するルールの体系であって、基層民の生活共同体にとっては、異質なものであった。かろうじて、天皇のもとに全ての国民は平等であるという論理によって、古の共同体と近代市民社会の分裂は統合され、近代国民国家となりえた。しかし、それ故に、軍部や右翼などの中間イデオローグが、基層民の不満を汲み上げ、彼らと結びつき、統帥権にもとづいて、国民国家統合のシムボルに過ぎなかった天皇を新たな天皇制的共同体国家へ引き寄せたとき、支配エリートである重臣たちはなすすべがなかった。

 いろんな評論が収録されてますけど、特に面白かったのは、「北一輝問題」、「異界の人」、「石光真清とその異郷」、「二・二六叛乱覚え書」です。ちょっと感想を述べさせてくださいね。

 北一輝については、軍を煽動してた右翼の大物ぐらいにしか知らなかったので、これを読んだときは、驚いた。驚きついでに、同じ著者が出してる「北一輝」(ちくま学芸文庫)も買ってしまった。こちらも大変おもしろかったので、興味がある人はぜひ読んでね。

 「異界の人」は西郷隆盛について。彼が革命の同志たちから、離れていったのはなぜか。筆者は、その契機を、島流し先の徳之島で古から変わらぬ民の生活を見たところに求める。

 「二・二六叛乱覚え書」は二・二六事件の若手将校たちについて。彼らの論理と、それが現実に実現できなかった過程が、基層民と中間イデオローグと支配エリートの図式によって、描き出されている。

 「石光真清とその異郷」は石光真清の手記四部作について。石光真清は、対露諜報活動に一生をささげた軍人である。司馬遼太郎の「坂の上の雲」にちょこっと出てたので、名前ぐらいは知っていたけど、明治時代に、満州の広野で馬賊やら盗賊たちにまじって、諜報活動を繰り広げていたひとがいたなんて知らなかった。無性に読みたくなって、「石光真清の手記」四部作(中公文庫)を買って読んでしまった。出会えてうれしい本だった。興味がある人は、ぜひ手に取ってみてね。

 本を読んで、新しい本を知り、その本が読みたくなるのは、うれしいこと。優れた評論は読者に新しい本を読ませる力があるのだ。とてもありがたいことです。

維新の夢 渡辺京二コレクション[1] 史論 (ちくま学芸文庫)
北一輝 (ちくま学芸文庫)
城下の人―石光真清の手記 1 (中公文庫)